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いざ、松山へ⑤ 秋山兄弟生誕地 [司馬遼太郎]

松山城を出た後、ラーメンで腹ごしらえをして、秋山兄弟生誕地に寄ることにした。

秋山好古、真之兄弟は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の主人公として、有名である。

しかし、戦前であれば、日露戦争の英雄として、王・長嶋に匹敵する知名度だったに違いない。いや、今の若い人には、王・長嶋も古くて、イチロー・松阪といったところか。

秋山家は、江戸末期の天保年間から現在地に家を構えていた。好古が北予中学校の校長時代に住んでいたのは、自分が生まれた当時の家(4部屋と土間、台所の質素な家)に若干手を加えただけのものだといわれている。当時の設計図は無いので、秋山家子孫の方から伝聞、特に好古が住んでいた時にしばしば訪問していた親戚の石井悦子さんや、好古四女米田治子さんから聞き取り調査及び当時の写真を参考にして建設された。建物の位置は、銅像建築のため、当時より北側に寄せてある。

秋山兄弟生誕地.jpg

ちょうど庭の桜が満開であった。

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いざ、松山へ① 坂の上の雲ミュージアム再訪 [司馬遼太郎]

高速道路料金が1000円になって、じっと家にいるのはもったいないと、大阪の家族を呼んで、四人で松山に日帰旅行に行くことにした。

徳島から松山まで2時間半くらいかかる。7時前に出たが、途中サービスエリアに寄ったり、駐車場を探すのにうろうろしたせいで、到着は10時を過ぎてしまった。

サービスエリアと、松島ICの出口で、テレビ用のカメラを持っている人を見かけた。おそらく、高速料金の値下げの影響を取材に来ているのだろうと思った。

まず、最初の目的地は坂の上の雲ミュージアムである。昨年一度訪問しているが、子供たちにも見せてやりたくて、再訪することにしたが、当の本人たちはあまり興味がなさそうである。

駐車場を探すのに、お城の周りを一周したが、少し離れた所にとめることが出来た。

坂の上の雲M.jpg

一番下の子どもは、この建物が気に入ったようで、「すごい」と言いながら、しきりに携帯で写真を撮っていた。

建物は、建築家・安藤忠雄氏による設計で、何となく、司馬遼太郎記念館と通じるものがある。やはりなあという感じだ。

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高田屋嘉兵衛公園in淡路島 [司馬遼太郎]

司馬遼太郎の小説に「菜の花の沖」という作品がある。淡路島出身の商人「高田屋嘉兵衛」を主人公とした小説である。司馬遼太郎は、嘉兵衛をこよなく愛し、「今でも世界のどんな舞台でも通用できる人」と称えている。


菜の花の沖 1 (1)

菜の花の沖 1 (1)




1769(明和6)年、高田屋嘉兵衛は淡路島都志本村に6人兄弟の長男として生まれた。幼い頃から海に親しみ船を愛した嘉兵衛には、少年時代、近くの川に玩具の船を浮かべながら、潮の満干を調べて大人達を驚かせたといった逸話が語り継がれている。22歳で兵庫に出た嘉兵衛は、大坂と江戸の間を航海する樽廻船の水主となり、船乗りとしてのスタートを切った。やがて優秀な船乗りとなった嘉兵衛は、西廻り航路で交易する廻船問屋として海運業に乗り出す。28歳で、当時国内最大級の千五百石積の船「辰悦丸」を建造し、まだ寂しい漁村にすぎなかった箱館を商売の拠点とした。当時千島列島を南下してくるロシアとの国防対策を急ぐ幕府に協力して、エトロフ島とクナシリ島間の航路を発見したり新たな漁場を開くなど、北方の開拓者として活躍する。

嘉兵衛が北方で活躍していた頃、通商交渉のもつれに端を発した双方の誤解から、たまたま蝦夷沖の地理を調査中であったロシア皇帝艦のゴローニン艦長が、クナシリ島で水・食料の補給を得ようと上陸した途端、警備隊に捕らえられるという事件がおこった。
艦長を失ったロシア船ディアナ号はその消息を聞き出そうと、偶然近くを通りかかった嘉兵衛の船を捕らえ、嘉兵衛を配下五人と共にカムチャッカへ連行抑留する。囚われの嘉兵衛と副艦長リコルドは同じ部屋で寝起きし、「一冬中に二人だけの言葉をつくって」交渉、嘉兵衛はリコルドに、一連の蛮行事件は、ロシア政府が許可も関知もしていないという証明書を日本側に提出するようにと説得、その言葉を聞き入れたリコルドは嘉兵衛と共に日本に戻り、この両者の協力が遂にゴローニン釈放にいたる両国の和解を成し遂げた。

以上が、高田屋嘉兵衛の事蹟である。

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坂の上の雲ミュージアム② [司馬遼太郎]

坂の上の雲ミュージアムは、展示物自体は、大したものではないが、建物や展示の仕方はユニークで楽しい。引き続き展示室を紹介する。


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坂の上の雲ミュージアム① [司馬遼太郎]

11月11日(日)である。松山市に、今年4月28日にオープンした「坂の上の雲ミョージアム」に出かける。「坂の上の雲ミュージアム」入館者が11月4日にオープンから約半年で10万人を突破したという。

「坂の上の雲」は、司馬遼太郎の小説で、前半は秋山好古、秋山真之の兄弟と、正岡子規の3人を主人公に、松山出身の彼らが明治という近代日本の勃興期をいかに生きたかを描く青春群像小説で、後半は日露戦争自体を描いて行く。司馬遼太郎の作品の中で最も好きな作品である。NHKで、「21世紀スペシャル大河ドラマ」として、大河ドラマとは別枠で、2009年から2011年にかけて、放送されることが決定した。

坂の上の雲ミュージアムの外観を見て、もしやこれも安藤忠雄の設計かと、すぐ分かった。


坂の上の雲ミュージアム外観

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司馬遼太郎「街道をゆく32 阿波紀行、紀ノ川流域」とうだつの町並み脇町 [司馬遼太郎]

街道をゆく〈32〉阿波紀行・紀ノ川流域 (朝日文芸文庫)

街道をゆく〈32〉阿波紀行・紀ノ川流域 (朝日文芸文庫)


司馬遼太郎の「阿波紀行」の中で、脇町を以下のように紹介している。

「阿波のよさは、ひょっとすると脇町に尽きるのではないかとかねがね思ってきたが、来るのははじめてである。白壁塗りや土蔵造りの江戸期・明治期の商家が軒をならべているときいたのだが、車を降りたとたんみえたのは、城のように大きい土蔵造りの建物だった。」

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空海の風景 [司馬遼太郎]

空海の風景〈上巻〉

空海の風景〈上巻〉


空海の風景〈下巻〉

空海の風景〈下巻〉

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2005/06
  • メディア: 単行本


若い頃に途中で挫折した空海の風景をやっと読んだ。

空海は、弘法大師として広く親しまれているが、意外にどういう人物か分かっていない。この本は、空海の実像に迫ろうとするものだが、何しろ1000年近く前の人物であり、著者の想像力で補う部分が多い。それをさらに知識・理解力の乏しい私が読んでいるのだから、実像からかなり遠くなってしまう。

この本は、空海とは何かと同時に、密教とは何かを探っている。
仏教のことはよく分からないので、完全に理解したとは言えないが、空海と密教のエッセンスみたいなものは何となくつかんだような気がする。
空海は、讃岐の豪族の子弟でありながら、何故官吏の道を選ばず、僧侶の道を選んだのか?何故儒教を選ばず、仏教しかも密教を選んだのか?また、わざわざ唐まで出かけて行ったか?
以下はあくまで私の想像である。

空海は、当時天才であった。彼は精力的な人間で有り余るエネルギーを持っていた。
彼が追求したのは真理である。彼にとっては俗世の処世術はどうでもよかったのだ。
宇宙の成立ちも含めた真理を追究したかったのだ。密教というのは、加持祈祷というイメージが強いが、空海は当時中国での流行の教義に真理を見出し、より追及するために唐まで出かけていったのではなかろうか。
空海が現代に生きていたなら、きっと科学者になっただろう。当時仏教は哲学であり、科学であったのではないか。
勝手な想像であり、司馬遼太郎の書こうとしたこととも違うのかもしれない。

この本の後半で、最澄と空海を対比させている。
最澄は学究肌の人物に対して、空海はより政治家に近い灰汁の強い人であったような気がする。
空海はより完成度の高い教義を残したため、後継者に恵まれなかった。
最澄は、その教義は不完全であったが、多くの優秀な後継者を輩出した。
この対比が興味深い。

今空海ゆかりの寺を訪れようとしている。
高野山は何度か行ったし、最近東寺にも行った。
その他空海と関わりのあるいろいろなお寺に参った。
今度京都の神護寺に行こうと思っている。
空海の足跡を辿ることにより、少しでも空海と密教が理解できたらと思うが、おそらく無理だろう。




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司馬遼太郎記念館 [司馬遼太郎]

ばらフェスタ大阪と花博記念公園の記事はまだまだ続くが、口直しの意味もあり、ここで別の記事を入れる。
昨日東大阪に行く用事があり、ついでに司馬遼太郎記念館に立ち寄る。
開館当初に訪れて以来だ。
近鉄奈良線「河内小阪駅」で降りると、商店街のアーケードに「司馬遼太郎記念館」の案内が出ている。初めてでないので、油断していたのだろう。曲がるべきところを曲がらなかったのか、すっかり道に迷ってしまった。頭を整理するため、一旦次の駅「八戸ノ里駅」まで出て、引き返した。


=司馬遼太郎記念館=

前に来た時もそうだったが、ボランティアのような人が沢山いて、案内や監視をしてくれている(あくまで想像だが)。門の前にも、二人のお年寄りがいて、「自動券売機」で券を買って下さいと、案内してくれた(単にそれだけだが)。

中に入ると、司馬遼太郎が好きだった雑木林のイメージの庭が広がっている。
花はあまりなかったが、赤いバラと若干見頃を過ぎたツツジが咲いていた。


=屋根に届こうかというバラの花=


=ツツジ=

右手に曲がり、外から司馬遼太郎の書斎を眺める。机の上には眼鏡がそのまま置いてあり、まさしく、司馬遼太郎が生きていた当時のままだ。


=書斎=

さらに奥には、記念館を建設する時に、寄付した人の名前を刻んだ碑がある。
私も当時1万円の寄付をしようかと迷ったが、忙しさに紛れ、つい忘れてしまった。今になれば、しておけばよかったと、後悔しきりである。


=寄付した人の名前が刻んである=

記念館の建物は、安藤忠雄氏の設計で、ガラスを沢山使用し、光たっぷりの空間となっている。


=記念館入口の空間=

展示室の中で、一番目を見張るのは、大書架で、地下1階のフロアから高さ11メートルの壁面いっぱいに書棚がとりつけられ、二万冊もの蔵書がイメージ展示されている。
自宅にある蔵書は、司馬遼太郎の頭脳の延長線上にあり、資料のメモ書き、付箋などのついた本は移動すべきでないということからそのまま保存することになったようだ(パンフレットより)。


=1階から地下1階のフロアに降りる階段から撮ったもの=

館内は写真撮影禁止でしかもボランティアの人が大勢椅子に座って監視していたが、ちょっとした死角をついて、撮った(いけないですね)。


=これも階段の途中のステンドガラスの写真=

私にとって、とても癒される空間だった。
帰りに、図録と菜の花の種、「功名が辻」のブックマーカーを買った。

こちらも、よろしく。↓


坂の上の雲〈1〉

坂の上の雲〈1〉

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1999/01
  • メディア: 文庫


功名が辻〈1〉

功名が辻〈1〉

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 文庫


二十一世紀に生きる君たちへ

二十一世紀に生きる君たちへ

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 2001/02
  • メディア: 単行本


対訳 21世紀に生きる君たちへ

対訳 21世紀に生きる君たちへ

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 1999/10
  • メディア: 単行本


この国のかたち〈1〉

この国のかたち〈1〉

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1993/09
  • メディア: 文庫


世界のなかの日本―十六世紀まで遡って見る

世界のなかの日本―十六世紀まで遡って見る

  • 作者: 司馬 遼太郎, ドナルド キーン
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: 文庫


「明治」という国家〈上〉

「明治」という国家〈上〉

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 1994/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


菜の花の沖〈1〉

菜の花の沖〈1〉

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2000/09
  • メディア: 文庫


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週刊 街道をゆく [司馬遼太郎]


 朝日新聞社から出ている「週刊 司馬遼太郎 街道をゆく」が完結した。司馬遼太郎が「街道をゆく」で訪れた地を写真で紹介する雑誌だ。欧米編を含めて、60冊買い揃えた。週に一冊なので、1年強かかった。一冊560円なので、合計33,600円だ。買い損ねた号は、後でインターネット注文するなどして、すべて揃えた。
 でも、まだ読んでいない。一度買い始めると、すべて買わざるを得ない。中身はこれから時間をかけて、読んでいく。

 生前は司馬遼太郎の本が出ると、必ず買ったものだ。そのくせが、今も残っている。新たな作品は出ないはずだが、面白い企画だと、つられて、買ってしまう。「週刊 街道をゆく」もその口だ。
 姫路は、司馬遼太郎と縁のある土地だ。司馬遼太郎の祖父惣八は姫路郊外の広村の出身である。広畑というところにある広畑天満宮には司馬遼太郎の文学碑があるし、姫路文学館の別館には司馬遼太郎の作品と生涯をつづった記念室がある。姫路に来られた時は、是非寄って見てほしい。
 私は司馬遼太郎の自宅であった東大阪の司馬良太郎記念館に行ったこともあるが、姫路文学館との共通点はいずれも建築家・安藤忠雄の設計ということだ。


姫路文学館


姫路文学館別館




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司馬遼太郎と城を歩く [司馬遼太郎]

司馬遼太郎と城を歩く

司馬遼太郎と城を歩く


 私のブログのテーマにふさわしい本だ。
 昨日、書店で見つけて、早速買ってしまった。そして、今日一日かけて読んでしまった。
 司馬遼太郎に関する本は、今でも新しい本が出ると、つい買ってしまう。「朝日ビジュアルシリーズ週刊街道をゆく」も毎週欠かさず購入している。
 この本は、全国の城のうち、司馬遼太郎の作品(「街道をゆく」を含めて)に出てくるものを、司馬遼太郎の作品の文章とともに、紹介している。一種の観光ガイドとも言える。
 私はちょうどこれから、どこのお城を見て回ろうか、考えていたいただけに、格好の本だ。
 装丁も綺麗で、写真が豊富で、書斎か、リビングに、置いておきたい本だ。


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